小島 聖

日々

野生のベリージャム

野生のベリージャム

プロローグ 山と食と私

山と食。
この二つのことに思いを巡らせてみると、父の存在は欠かせない。 両親がつけてくれたひじりという名は、南アルプスの聖岳から取ったのだと、ある時、父が聞かせてく れたこともあったが、父が他界するまでの三十年以上、その山に登ってみようと思ったこともなければ、そんな発想すら持ち合わせてはいなかった。父の死は、ある日突然の一本の電話で知らされ、その時にはすでに遺骨になっていた。
約十年ぶりの再会が遺骨、シュールすぎる……。後悔が押し寄せてきた。
もっとコミュニケーション取っておけばよかった。もっと山に一緒に登ったりしていれば。
どの山を登ったの?
どの山が好きなの?
山で何をしてたの?
山で何を食べてたの?
ねえ、ねえ、あのね。
できることなら、二人でささやかな贅沢を味わいたかった。もう遅い。
遺品と呼べるようなものはなかった。父が遺した形あるものといえば、私自信になるのだろうか。あとは、私の記憶の中にある曖昧で不確かな父の姿と声だけだった。写真の中の父は笑っている。不器用な父。「ない」を「ある」に変えるアイデアを持っていた父。贅沢はできなくても、ささやかな贅沢を好んだ父。本と写真の中で、よく空想の旅をしていた父。
父に近づきたかった訳ではない。ただ何かを探し求めて車を南アルプスが望める場所まで走らせた。残念ながら、聖岳は見られなかった。なぜなら、山奥の奥に存在している三千メートル級の山だから(このことは、後で知ることになる)。この時から、私の名前の由来である聖岳を見てみたい、登りたいという思いが日に日に募っていった。

野生のベリージャム
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野生のベリージャム

野生のベリージャム 小島聖

判型:四六判/272頁/仮フランス装
定価:2,000円+税
ISBN978-4-86152-642-8 C0095

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